顕彰会設立5周年記念 講演会の開催
今年度も清水安三先生の生涯と功績を広く知っていただくことを目的に、安三先生の生誕地である滋賀県高島市新旭町で講演会を開催しました。

講師は、劇作・演出家の大峰順二先生です。大峰先生は、清水安三先生を題材とした高島市民劇「木槿の花の咲く頃~清水安三物語」の脚本・演出をしていただきました。
「高島の人は奥ゆかしい人が多く、なかなかキャストが集まらなかった。サポート役はいるが、俺が出る俺が出るという人がいない」という話を前置きに、劇作家という仕事を通じて「私が出会ったリーダーたち(清水安三とブラジルの弓場農場を開設した弓場勇、岩手県和賀郡沢内村長 深沢晟雄)と題してお話をいただきました。
一つ目の話は、清水安三先生も行ったことのあるブラジルの弓場農場の話
日本青年団協議会から弓場農場にあるバレー団を日本に呼びたいので審査をしてきてほしい、と依頼を受け現地へ。
かつてのブラジルは、焼き畑農業なので定住することができなかった。
そこで、弓場農場を開拓した弓場勇(1906年~1976年)は、「耕す、祈る、芸術する」の三つの決まりのもとで仲間と共に共同牧場を作った。
「定住して(根を下ろして)暮らしをつくらないと文化は育たない。だから定住しよう!」と呼びかけ、仲間たちは互いに助け合い、文化創造へと活動を続け、現在の弓場農場に受け継がれている。
そこで聞いた話は、「私たちは農場をやりたいからバレー団をやっている」「共同生活の中で色々と問題があっても、舞台に向きあうことで互いに心が一つになることができる。暮らしの中に文化の華が咲く、芸術が育つ。だから共同で農場ができる。これが私たちのバレーです!」
弓場勇さんが、皆と力を合わせて文化の華を咲かせた様子です。
高島の人たちも、いろいろな問題があっても、舞台活動することで心ひとつになることができる、つながることができるのではないか!と語っていただきました。
二つ目の話は、日本で一番雪が深く雪に閉ざされる岩手県和賀郡沢内村の村長:深沢晟雄(1905年~1965年)の話。深沢村長は、清水安三先生と同じように戦前の中国で中国人のために頑張った人。
戦後帰国した深沢村長は、日本で一番雪が深いところで雪に閉ざされる沢内村の村長として豪雪を克服することに尽力した。
誰も深沢村長の目指すことを理解できずにいたが、清水安三先生が、中国で子どもたちを救うために覚悟を持って逃げることなく頑張ったことと同じように、雪を克服するための努力を6年7年かけて実現した。それまでは雪が降ると病院に行けなかったが、雪の中をバスが来て病人や老人を乗せてバスは出発した。逆境を克服して多くの村民の命を救った名村長として尊敬されている。
大峰先生は、結びに「清水安三、弓場勇、深沢晟雄の三名に共通しているのは、口先で何とかなるよ ではなく、何とかしてみせる、という強烈な楽天主義なところ。この人たちと共に生きていこう、本当に皆と共に手を携えて生きていこうという覚悟ではないか!」
「さて、私たちは町の人にどれだけ信頼を寄せて明日の町づくりを行っているか? 自分は自分の未来を設計しているか? 本当に考えているか? と問われているような気がする」と投げかけられました。
参加した皆さんに心響いた講演会であったと思います。

