令和7年度の講演会を開催しました
演題:平和を希求した真の国際人 清水安三先生
講師:藤野英雄氏
元桜美林中学高校副校長の藤野英雄先生をお招きし、新旭公民館にて開催しました。藤野先生からは、なぜ清水安三先生は中国において評価されているのか?という視点からお話をしていただきました。
先ず、藤野英雄先生からは、今回が三度目の新旭町訪問となった、とのお話から始まりました。

一度目は2002年2月に新旭町国際交流協会の設立時にヒックス校長先生と生徒三名で湖西中学校を訪問し、両校の親善交流を深める契機となったこと。二度目は2004年12月、新旭町制50周年時に、安三先生の胸像が新旭町役場敷地に建立された除幕式に参列したこと、そして同時に町民劇「清水安三物語 その空に虹を架けよ」を見て感動したことなどお話をいただきました。清水安三先生のご縁で、今も高島市内の中学生と桜美林の中学生との交流が続き、その輪が広がっていることを嬉しく思います、と感想を述べられました。
講演では、清水安三先生が戦前の1921年(大正10年)に北京市のスラム街に、とりわけ弱い立場にある少女たちの自立支援を目指す学校「崇貞学園」を設立。そして貧しい人々の生活改善に取組んだ社会福祉施設「愛隣館」の開設。これらは日中戦争の最中にあっても中国人や朝鮮人、日本人といった国や民族の縛りを超え、人と人がつながっていく営みこそが『平和な世界を生み出していく』そのような考えが、平和を希求する国際人=清水安三先生の根底にあったのではないか、と解説していただきました。中国人は「井戸を掘った人」を決して忘れはしない、と山崎朋子氏の著書「朝陽門外の虹 崇貞女学校の人びと」を引用して安三先生の功績をお話いただきました。
そして、戦後の桜美林物語として安三先生の生き様を示す四つの言葉をご紹介いただきました。
①せん方尽くれども望みを失わず:私たちは、四方から苦しめられても行き詰らず、途方に暮れても失望せず
②学而事人:学問は自分の利益をはかる為にするのではなく、社会に役立つ為にするもの
③夢:夢見る人=有言実行の人
④石ころの精神:激しい劣等感に苦しんだ思春期から生涯の師ウィリアム メレル ヴォーリスとの出会い、同志社の創始者・新島襄の言葉:神は同志社のキャンパスにころがっている石ころさえも、なおよく新島襄となしうる
講演の終わりに、安三先生の実践は中江藤樹「致良知」の思想に支えられていたといっても過言ではない。混迷の時代にあっては、自分ファーストでは幸せは得られない。自分が幸せになるためにも、多くの人びとと共に幸せになる道を歩んでいただきたい、と締め括られました。

